2010.11.21 (Sun)

「ナルチシズム論」の章から。

どうもどたばたしており、ゆっくりパソに向かえなかったが、な・なんとか…(!)

最近少々考えていた事とたまたま懐かしさで買って読んだ本に書かれていた事がシンクロした(気がした)ので、ちょっとだけ書いてみます。

(ご存じの通り)ナルチシズムの語源はギリシャ神話に登場する美少年ナルキッソスから来ているのだが、岸田秀氏の「ものぐさ精神分析」の『ナルチシズム論』という章によれば、ナルチシズムは「幻想我」とも置き換えられるものであり、同じくエゴイズムと置き換えられる「現実我」と拮抗し、そして幻想我はひどく現実我を嫌悪しており…

◆「ものぐさ精神分析」
(画像がほしかったので↓を載せたが、自分が持っているのは82年初版もの。)
ものぐさ精神分析 (中公文庫)ものぐさ精神分析 (中公文庫)
(1996/01)
岸田 秀

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ものぐさ精神分析 (1982年) (中公文庫)

ナルチシズムが投影される対象は恋愛だったり色々な訳だが、それらの中でも芸術というのは(ナルチシズムによる)「ほかのところでは許されていないことが許されているおとなの遊園地(247頁)」だという。

所で、インターネットの恩恵を受けて日々有難みを感じている現状でさえも、ネットの使用の仕方次第では「幻想我」が際限なく膨張していき易いという面もなくはないと感じており。
実際には「現実我」を優先すべき事態であるにも関わらず、「幻想我」が幅を利かせてしまっていたり…(バランスが取れている場合はまだしもよさそうだが…)
又、同章には「実際には『エゴイストVSエゴイスト』以上に『ナルシストVSナルシスト』が厄介で、その図式になった時、歯止めがなくとことんまで行ってしまうものだ(趣意)」とも書かれてあるが。。。

因みに、本書の『ナルチシズム論』の後には「人間失格(太宰治)」の主人公(葉蔵)への批判が痛烈に繰り広げられる『自己嫌悪の効用』という章が続くのだが、
「(~~前略~~) ただ、自分が相手にどう思われるか、どう思われたかということだけが気になるのである。つまり、彼は自分のことにしか関心がなく、人間としての相手の存在において彼の関心を惹くのは、彼についてどう思っているかという側面だけなのである。(259-260頁)」との(筆者の)葉蔵に対する結論であって…
(なので、この2つの章はセットにして読んだ方がいいのかな?と思ったのだった。)

※ナルチシズムにのるかそるかであるが、芸術というシチュエーションだつたらOKだったりもするにせよ、日常の個々の場面でそれにめったら左右されてしまうのは…(涙)

P.S.
つらつらと書きました(??)
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